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ある虫ヲタの歴史(エピソード3)

今では当たり前ですが、当時、画期的だったのが

ニッソーの曲面ガラス水槽スティングレーの発売でした。今も水槽の主流です。

私がスティングレーを入手したのは結婚して新居を構えた時なので、しばらく経ってからです。

このスティングレーの発売で熱帯魚飼育がオシャレな趣味に変わり、東京圏に大型熱帯魚ショップができ、

当時のトレンディドラマ(懐かしい響きだな)では、リビングに水槽がある部屋がオシャレに映し出されていたり、グリコポッキーのCMではレッドテールキャットというアマゾンの大きなナマズが清水美砂と競演したりする時代になったのでした。

そして、アクリルガラスの技術が進み、大型の水槽を作る技術が確立されると、葛西臨海水族園、八景島や品川水族館と東京圏に新しい水族館が次々とできました。

特に、上野動物園が現在の爬虫類館の辺りでマグロの飼育にチャレンジして苦労しているのを知っていた私は、葛西のオープンには格別の思いがありました。

ともすれば暗いイメージの水族館がデートスポットとして注目されるようになり、

アクアリストである私は、バブルと共にこの世の春を謳歌したのでした。\(^o^)/

当時は休みと言えば、関東圏の熱帯魚屋や水族館に出かけてました。水族館は海外5館国内で15館の計20館は制覇してます。

今、昆虫展や昆虫ショップ巡りをしてるのと同じですね。

やっぱ、進化してないじゃん( ̄□ ̄;)!!

そのまま、惰性でアクアリストを続けていたのですが、子供が昆虫採集に興味を持つようになったころ、

熱帯魚の専門誌にクワガタの広告が目立つようになってきました。

小さな熱帯魚ショップがつぶれ始めたころです。

オオクワが主でしたが、まだ、オオクワが黒いダイヤなんて言われてた頃ですし、国産のクワガタに何万も出すなんてバカらしいと思ってました。

ところが、広告にだんだん

ヘラクレスとかアトラスとかニジイロとか図鑑でしか見たことのない虫

が載るようになってきたじゃありませんか・・・\(◎o◎)/!

そう、植物防疫法が緩和されて昆虫の輸入が可能になったんです。

もともと虫好きでもあった私の心が揺さぶられ始めました。

それはあたかも、

平凡な生活をしていた主婦の前に、 o(^o^)oハッピー

突然、謎の男が現れ、 (°°;))。。オロオロッ。。''((;°°)

わざとらしくドラマが進展していく (´ー`) フッ ほれんなよっ

昼メロのような出来事でした。(゚゚;)\(--;)ナンジャソリャ!

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コメント

私はムシキングで甲虫に興味を持ち始めたので、クワガタの広告というのがいま一つピンときません。でも何となく『黒いダイヤ』というのは判る気がします。勿論何万なんて・・・。

昆虫雑誌、たとえばビークワとか買うとわかるのですが、専門誌は広告の占める割合が凄く多いんですよ。
そういう広告でショップの情報を得て、ショップ巡りをしてます。

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